「冷や汁」で最も有名なのは宮崎県だ。いつから食べられていたのか定かではないが、宮崎では江戸時代の文献に、既にその名前があるという。そんな宮崎の「冷や汁」について聞くため、宮崎市田野地区の若手キュウリ農家のもとを訪ねた。(取材・文 柳澤愛由)
※感染症対策のため、現地での写真撮影は、南九州大学(宮崎県)の竹之山愼一教授と同企画制作課のご協力の元で実施していただきました。この場を借りて、心より御礼申し上げます。
厳しい暑さ。「冷や汁」が支える夏の農作業
宮崎市街地から車でおよそ30分走ると、宮崎市田野地区に着く。野菜の栽培が盛んな地域で、冬場、「大根やぐら」を建てて作られる「干し大根」の産地としても知られている。
松山正吾さんは、そんな田野地区で直売出荷にも力を入れている若手のキュウリ農家だ。宮崎県は、キュウリの収穫量、出荷量ともに日本一を誇る。1年を通して温暖な気候を活かし、10月から7月下旬頃まで長期間にわたって収穫する、冬春キュウリのハウス栽培をメインにする農家が多い。その収穫量は、全国の約2割を占める程だ(令和元年度)。
正吾さんのキュウリの圃場には、「父の代で建てた」というハウスが何棟も並んでいた。田野地区の中でもかなり早くハウス栽培に取り組んだ家なのだそうで、「今の時代、温度管理からかん水まで、完全に機械で管理された最新の設備を使うキュウリ農家もいるけど、うちは古くて大変なんですよ」と笑いながら教えてくれた。
正吾さんは、この地域の農家の多くが農作業に一区切りを付ける夏場のキュウリ栽培に取り組んでいる。地元産があまり出回らない時期に、近隣の直売コーナーへ出荷するためだ。
「若手で本格的に直売出荷に取り組んでいるのは、僕くらいかもしれないですね。夏は農閑期としている人がほとんど。暑すぎるので(笑)」
まだ初夏といえる6月下旬でも気温は30℃近く。ハウス内の温度はさらに高く、慣れていなければ、気が遠くなるほど蒸し暑い。強い日差しは、真夏となればより強烈なのだそうだ。田野は海沿いではないものの、湿度も高い。「夏が農閑期」という言葉も、この場にいればこそうなずける。
ただ、農閑期とはいえ、夏場も次のシーズンに向けた圃場の準備、土づくりと、忙しなく働いている農家も多いそうだ。正吾さんの圃場でも、夏キュウリが青々と茂ったハウスの隣で、冬春キュウリの収穫を終えたハウスが、土づくりの真っ最中。次の出番を待っていた。
冬から初夏にかけて忙しく働いた後に、1年で最も厳しい暑さを迎えるのが、この地域の農家の常。体力的にも厳しいであろう、そんな地域の農業を支えているのが、「冷や汁」なのだ。
すり鉢ごと 冷蔵庫に入っていた
この日、気温が上がりきる昼前に、一度、収穫作業を終えた正吾さん。昼は家に帰り、一休みするのが常だ。「冷や汁」は、小さな頃から、松山家の夏の定番だったという。
「母親が、大量に冷や汁を作って、冷蔵庫にすり鉢ごと入れておくんです。お玉が一緒にさしてあって(笑)。農作業から帰ってきて、それを冷蔵庫から取り出して、ご飯にかけて食べるっていうのが、今も定番ですね。正直、夏はほとんど食欲がわかないので、冷や汁位しか食べられないんですよね」
現在、正吾さんは、結婚して3年になる眞美さん、生後間もないお子さんと3人で、実家近くのマンションに暮らしている。普段は圃場に近い実家で昼食をとることが多いそうだが、この日は、眞美さんに無理を言って「冷や汁」を作ってもらった。眞美さんは、宮崎市内の出身ではあるものの、実は「冷や汁」を作るのは初めてなのだとか。「私は、家庭で冷や汁を食べた記憶がなくて、お店で食べるものだったので、今回いろいろと調べて、材料をそろえました」と眞美さん。(本誌の「伝統食を追う」企画が、新たな伝統食の作り手を創り出した―と言ったらちょっと手前味噌かも…。)
もともと、「冷や汁」は農家の食。「宮崎の郷土食」として全国的にも認知されるようになったのは、この頃の話だ。メディアにも取り上げられ、飲食店でも提供されるようになり、「農家の食」だった「冷や汁」が、多くの層に浸透していった。「冷や汁の素」といった商品も販売され、より手軽に食べられるようになったのも、「郷土食」として定着した、宮崎ならではの話だ。
「農家メシ的な所があるから、今でもこの地域の農家はよく作りますよ」と正吾さん。ただ一方で、食の多様化が進み、「素」などの手軽に作れる商品の登場もあってか、農家でも、一から「冷や汁」を作る家庭は少なくなっているという話も聞く。時代の移り変わりによって、その在り方も少しずつ変化してきているのだろう。それでも、正吾さんの話を聞いていると、やはり宮崎の農業に「冷や汁」は欠かせないようにも思う。
家族の歴史に刻まれる「冷や汁」
この日、眞美さんが作ってくれたのは、アジを入れた冷や汁だ。材料は、カツオと昆布で濃い目にとっただし汁、キュウリ、アジ、麦味噌、ゴマ、豆腐、ミョウガ、シソ、麦ご飯。
まず、焼いたアジの身をほぐし、骨や内臓を除いておく。すり鉢でゴマをすり、そこにアジのほぐし身を加え、そぼろ状にする。そこへ、麦味噌を加えて混ぜ合わせ、フライパンで軽く焦げ目がつくまで焼き、それを再びすり鉢に戻し、冷たく冷やしただし汁を加えながらのばしていく。手でほぐした豆腐、細切りにした大葉、小口切りにしたキュウリを入れ、出来上がりだ。これを温かい麦ご飯にかけ、ミョウガを添えて頂く。
「料理は全くできない」という正吾さんに対し、「料理好き」という眞美さん。正吾さんに食べた感想を聞くと「かなりおいしいです! 母が作る味とも少し違っていて、この味、好きですね」と、満足そうな笑顔で答えてくれた。ちなみに、お母さんが作ってくれた「冷や汁」はどのようなものだったのか、話を聞いていくと、「詳しく聞いたことはないけど、多分、母親は、イリコ(煮干し)を使ってたかな。魚も入ってなかったよ」との答え。「えっそうなの?」と、眞美さんも驚いた様子を見せた。
実は「冷や汁」は宮崎県内だけでも、さまざまな作り方がある。アジなどの白身魚を入れる地域もあるが、農家のスタンダードは、すったイリコを味噌に混ぜ合わせて作る方法だ。話を聞くと、正吾さんのお母さんが作ってくれていたのは、イリコをすり鉢ですり、味噌を加えて焼き、水でのばして、キュウリや豆腐、大葉などを加えた、まさに農家メシ的「冷や汁」だったそうだ。
「魚を焼いたり、ほぐしたりするのは手間がかかるから、うちの母ちゃんはイリコをゴリゴリすって作ってた記憶があります。出汁もとらなくていいように。いわば、手抜きですよね(笑)。あとミョウガは入れずに大葉だけ。本当に、ただ混ぜ合わせたものをご飯にかけて、さぁ食えっていう感じで(笑)」(正吾さん)。家にある材料で、さくっと作って食べられるようにしていたのだろう。夏の農作業の合間、とにかく手早く、おいしく作るための工夫が垣間見える。
「うちの母ちゃんはずっと農家でごりごり働いてきて、とにかく時間が欲しい人やから。嫁は、食べるものの見た目も気にするけど、母ちゃんは後から薬味を乗せるなんて、まずしなかったですよね(笑)」(正吾さん)
思い出話にも花が咲き、「イリコで作る冷や汁も食べてみたいですね」(眞美さん)、「お客さん来るときは別だけど、さくっと作るとしたらそっちやね。冷や汁、食卓にもっと登場してもらえたら嬉しい! やっぱり夏は食べたいから」(正吾さん)と、夫婦2人で笑い合う。そんな会話をしながら、あっという間に昼の時間は過ぎていった。
午後からはまた農作業に戻るという正吾さん。先述した通り、夏場、この地域で直売出荷をする若手農家は少ない。それでも取り組む理由を聞くと、「すぐに現金化できるところが魅力なのもあるけど、やっぱり、野菜の産地である宮崎に、自分の農産物を置きたいから」との答え。両親の姿を見て育ち、昔から農業を継ぎたいと思っていた正吾さんだが、方針の違いで父親と仲たがいし、一度、家を出たことがあったそうだ。東京で暮らした後、数年前、「自分のやり方でやらせてくれるのなら」と地元に戻ってきた。今では若手農家の中でも期待される存在となった。
これから夏本番。「真夏は特に、ハウスの中にいるだけで体力が要ります。夏は休むのがこの辺りの農家の基本だけど、うちはそうじゃないから(笑)」。いくら暑さで食欲がなくても、食べなければ体がもたないのが農業だ。食は地域の風土を映し出し、移り変わる家族の歴史に共通の風景を刻む。「冷や汁」がこの地域で長く受け継がれてきた意味が、正吾さんの言葉から伝わってきた。
(写真提供:南信州大学 企画制作課)
※この記事は「産直コペルvol.49(2021年9月号)」に掲載されたものです。
宮崎市田野物産センターみちくさ
特産の干し大根や、旬の野菜、手作りだんご、お弁当、漬物といった加工品など、自慢の商品がずらり。手作りの麦味噌やイリコなども揃う。冷や汁の材料はぜひここで。
●宮崎県宮崎市田野町南原2-21-8
TEL:0985-86-5050
営業時間:9:00~18:00