8月9日、ARECで「東信州次世代農商工連携セミナー」が開催されました。上田市出身である講師の中村敏樹さんは、ご自身の畑で300種を超える農産物を栽培し首都圏を中心としたレストラン、ホテル、マルシェに出荷、加工なども行い付加価値を付けた少量多品目多品種の有機栽培を実現されています。今回の講演では、現在の日本の農業や食の問題点を指摘され、ご自身の取り組みも例に出されながら少量多品目多品種の有機栽培の可能性についてお話しされました。
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少量多品目多品種の有機栽培で農業や食を面白く
私は今の農業や食は、消費者にとっても生産者にとっても“あまり面白くない状況”に陥っているのでなはいかと思っています。
日本では、「安定して供給できる」、「形が揃っている」、「くせがなく使いやすい」といったことに主な基準が置かれ、農産物の流通市場が形成されていますが、その結果としてスーパーの店先には個性がない農産物が大量に並ぶ状況になっています。また、こうした基準を満たすためには、農薬が必要になることが多く、安全安心な食べ物を求める消費者のニーズから離れてしまいます。生産者にとっても、規格に合わないものは出荷できなくなり利益が減ることになります。
こうした現状をどうすれば改善できるのかーー。私は“本来の農産物の姿”を思い浮かべればいいのではないかと思います。具体的には、「多品目・多品種」、「旬」、「伝統野菜や地方野菜」、「化学肥料不使用・無農薬」、「地域の土壌や気候風土にあった有機農業」といったことがキーワードになると思います。
日本の有機JAS認定は0.2% 販路の開拓が課題
このうち、有機農業について、今改めて注目が集まっています。新規就農者の多くは有機農業に挑戦したいと考えていますが、日本の有機農業の面積は自己申告で0.5%、有機JAS認定で0.2%とかなり少ない。海外ではリヒテンシュタイン41%、オーストリア26%、イタリア・デンマークなどの16各国では10%を超えていることから、かなり出遅れていることが分かります。
では、なぜ日本では有機農業がこうした状況なのでしょうか。その大きな要因のひとつは、経営が安定しないためです。有機農業ではJAのように流通を担ってくれるところが少ないので、農家が自ら販路を開拓しなくてはならず、これが課題となっているのです。
しかし、この点はチャンスとも言えます。既存の流通では生産者と消費者との間に、JAや卸売市場、卸売業者、小売店などの事業者が入り、生産者は消費者と直接つながることが難しいわけですが、マルシェへの出店などを通じて消費者と直接つながることが可能になります。消費者に化学肥料・農薬不使用であることや、野菜の特徴、栄養、鮮度などを直接説明して訴求することができます。また、既存の流通では、生産者はJAなどに手数料を支払う必要がありますが、消費者に直売できればこうした手数料がかからず生産者の手取りを増やすことができます。
少量多品目多品種栽培で高付加価値6次化で差別化もつけやすい
こうしたメリットから、私が会長を務めるコスモファームでは、マルシェを通じた消費者への直売に力を入れています。東京・青山ファーマーズマーケットなど、全国の複数のマルシェに立ち上げから関わってきました。
野菜の生産方式もマルシェの販売形態に合わせています。具体的には、少量多品目多品種栽培を行っており、年間300品目の野菜を生産しています。例えばナスは複数の種類を生産しており、品種も一般的な千両ナスではなく、珍しい品種を選ぶようにしています。一般的な品種のナスでは大量生産のものに価格で叶いませんが、珍しいものであれば付加価値をつけて販売することができます。スーパーに珍しい野菜を置いても調理の仕方が分からず売れない可能性が高いですが、直売なら説明しながら販売できるため珍しい野菜が差別化になります。
見せ方も工夫しています。例えば、レタスは葉を一枚一枚剝いてブーケのような形に整えて販売する提案を行っています。当然、手間が掛りますが差別化を図ることができ、実際とてもよく売れています。こうした販売の仕方は効率を重視した大量生産では難しく、少量多品目多品種栽培ならではと言えるでしょう。
少量多品目多品種栽培なら、6次化でも差別化を図りやすいと思います。コスモファームでは、野菜のピクルスをつくっていますが、少量多品目多品種の特徴を活かし、豊富な種類のピクルスを生産しています。カラフルで目を楽しませてくれるという声をいただき、人気商品となっています。冒頭で、今の農業や食は、消費者にとっても生産者にとっても“あまり面白くない状況”に陥っているのでなはいかと話しました。少量多品目多品種の有機栽培は生産者にとって、流通などに掛る手数料をなくし付加価値を乗せることで、手取り収入を増やすことができますし、消費者と直接つながることができるというメリットがあります。一方で、消費者にとっても、安全安心で、野菜やスーパーには売っていない珍しい野菜に出会う機会を得られ、生産者から直に野菜についての説明を受けられるなどの利点があります。それだけに、少量多品目の有機栽培は農や食を面白くしていく手法のひとつとして大きな可能性を秘めているのではないでしょうか。
記者の目ーー“面白いと感じること”が原動力に
「生産者には、野菜づくりの面白さを感じられる農業をしてほしい」。中村さんの講演で特に印象に残った言葉だ。
市場の規格に則った画一的な農産物、一生懸命がんばっても利益が少ないーー。既存の流通市場の枠組みのなかで、農業に面白さを感じられていない人が多いという。しかし、その既存の枠組みから少し外に出てみることで、違った景色が見えそうだ。新しい品種へのチャレンジ、消費者との直接的なコミュニケーション、利益率の向上。こうしたことが実現すれば、農業に面白さを感じられるようになる。
もちろん、少量多品目多品種の有機農業は簡単ではない。多品目多品種の野菜を管理する栽培技術に加え、自らが販路を開拓する主体性が必要になる。だが、農業に限らずどんなことでも“面白い”と感じられることが原動力になる。たとえ困難なことでもチャレンジしようという気になれる。もし既存の市場流通の枠組みに閉塞感を感じているのであれば、少量多品目多品種の有機農業に取り組んでみる価値はありそうだ。(産直新聞社編集部:佐々木政史)