直売事業の「第2世紀」を目指す時、課題の一つになるのが「経営の合理化」。そのためには、本誌でも度々取り上げてきた「POSレジデータ分析とその活用方法」の確立が急務だ。これは、近年売り上げを伸ばしている直売所が必ずと言っていいほど取り組んでいる経営改善策でもある。 農家自身が品目や数・価格を自由に決めていた伝統的な出荷スタイルから、「第2世紀」はそれを一歩越えて、販売実績をもとに店側が出荷者をサポートし、品揃えやそれを前提とした栽培そのものを〝マネジメント〟する時代へと変化しつつある。 ここでは、POSレジデータを活用して出荷者のやる気を引き出し、この5年間で売り上げを2倍以上に伸ばしている秋田県大仙市のしゅしゅえっとまるしぇを紹介する。
しゅしゅえっとまるしぇ
秋田県の県南を走る国道105号線沿いにある「しゅしゅえっとまるしぇ」(以下、しゅしゅまる)は、仙北市、大仙市、美郷町を管轄エリアとするJA秋田おばこが、地場産農産物の販路拡大と農家の所得向上、農協を組合員以外にも広く知ってもらうために2017年にオープンした複合型施設だ。施設の核となる農産物直売所「おひさまマルシェ」をはじめ、食文化レストラン「ここる」、イートインコーナー「いこいカフェ」、食育キッチン「ぽぽっと」のほか、イベントスペース「みんなの広場」や車イスのまま乗り入れできる広々とした多目的トイレを完備。駐車可能台数も121台と道の駅さながらの機能を備え、地元客のみならず観光客の憩いのスペースとして賑わいを見せている。
直売所はエンタメ
「ここは田舎で、遊園地やテーマパークみたいなもんもない。お客さんは直売所に、ちょっとしたエンターテインメントを求めて来ていると思う。だから、店に来てクスッと笑ってもらったり、面白いなって喜んでもらえたりすることも直売所の役割だと思っています」
秋田訛りの穏やかな口調でそう話してくれたのは、自身の実家もしゅしゅまるの出荷者だという店長の藤田学さん。 その言葉通り、同店にはワクワクするような仕掛けがいっぱいだ。秋田のブランド米はもちろん、新鮮な地場産農産物が棚いっぱいに並べられ、個性的なPOPがそれらを彩る。JAの流通網を活かした地域間交流で、地元にない果物や珍しい野菜を他県から取り寄せてフェアを開催したり、面白い加工品を見つけたりしては店に並べている。さらに、営業時間内に棚が品薄になれば、生産者に積極的に声をかけて出荷を促す。「いつ来てもお客さんに喜んでもらえるように」と、魅力ある売り場づくりに余念がない。
コロナ禍でも順調に売り上げを伸ばし、令和4年度の販売実績は施設全体で約3億円。そのうち委託品の割合が1・6億円と半分以上を占め、直売所を中心に売り上げは右肩上がりだ。
このような現在のしゅしゅまるの様子を見ると、オープン以来とんとん拍子に業績を伸ばしてきたと思われる方も多いだろう。しかし、その道のりは決して順風満帆なものではなかった。藤田さんが店長に就任した5年前の2019年、店の売り上げは今の半分以下で、現在の活気からは全く想像もつかないような状況だったそうだ。
「棚に物がなく、駐車場はいつもガラガラ。出荷者さんから『この店に出しても売れない』と言われて…。売れないから出さない、物がないからお客さんも来ないという負のスパイラルに陥っていました。初めての直売所運営で何が正解かもわからない。売上高を眺めてても、はぁ〜(ため息)って…」と当時を振り返る。
では、どうやってしゅしゅまるは、わずか5年で「農産物が集まる人気店」に変貌を遂げたのだろうか?
目標を共有する
手を差し伸べたのは秋田県だった。県が実施した商品不足解消のための集出荷体制構築事業の一環で、本誌編集長の毛賀澤がアドバイザーとして同店を訪れたのだ。
「ガラガラの店内を見た毛賀澤さんに『農家さんとちゃんと喋っているか? 目標を農家さんと共有しているか?』と聞かれてハッとしたんです。喋ってねぇなって……」
毛賀澤からのアドバイスを受けて藤田さんはすぐに、売り上げ目標を書いた模造紙をバックヤードに大きく張り出して出荷者と目標を共有するようにした。それから、出荷者に 〝どの時期に何を出荷してほしいか〟直々に声をかけて回ることにした。同店では、これまでも年に1回、出荷者と意見交換会を行っていたが、単純に「出してほしい」とお願いしてもいまいち説得力がない。そこで始めたのが、POSレジデータを活用した「販売実績データ」と「出荷台帳」を生産者ごとに作成することだった。
POSレジデータを活用して生産者のやる気を引き出す
しゅしゅまるが出荷者と共有している「販売実績データ」と「出荷台帳」を特別に見せていただいた。「販売実績データ」(表1)には、出荷された農産物の種類と、どの時期に、何がいくつ売れて、何人が出荷しているかという全体数と、そのうち個人のものがいくつ売れたのか、が年間を通してわかりやすく記されている。一方、「出荷台帳」(表2)はいわゆる「カルテ」のようなもので、会員番号、氏名、入会日などの基本データに加え、店全体と個人の販売実績(金額・数量)、前年差異、目標金額、売り上げに基づく人数分布などの詳細が記されている。 残念ながら、同店が現在使用しているPOSレジには出荷者別データを自動的に整理する機能はついていない。そのため、レジから必要なデータをCSV形式で取り出し、Excelで処理し直しているそうだ。これを、年に一度の意見交換会で生産者一人ひとりに配布している。
「これを初めて農家さんに見せた時、反響が凄くて。『俺これしか出してねえんだ』とか『じゃあこの時期に作れば売れるんだ?』とか、こちらから『〇〇を出荷できないですか?』とか色々な話ができるようになったんです。今では、12月にお渡しするので、『通信簿みたいだね、ありがとう』って言ってくれるようになりました」
現在、しゅしゅまるの登録生産者は394名。その一人ひとりに専用の〝通信簿〟を渡して向き合うことで、徐々に信頼関係を築いていったという。「『POSレジデータの分析』や『経営の合理化』は、単なる経営の数値化ではないと思うんです。重要なのは、農家さんの気持ちに寄り添うこと。ものを集めるのではなく人を集めること。この時にデータをどう活用するかということだと思います」と藤田さんは語ってくれた。
作付けを後押し
「販売実績データ」から、目標を達成するための具体的な方針(品目や数)が明確になっても、なかなか作付けに結びつかない人もいる。しゅしゅまるでは、そうした生産者の背中を押すために、2月には種の販売会を、5月には盆花需要に備えた花苗の販売会を企画するなど、収穫期から逆算して作付けの後押しをしている。
「例えば、トウモロコシなら『(成熟するまでが)80日のだけじゃなくて90日のも蒔いてみて』とか、ハウスを持っている人に『これ作れない?』とお願いしてみたり。種屋さんが農家さんに説明しているところで僕が横から口出してます(笑)」と、藤田さんは積極的な声かけを心がけている。
ほかにも、「うちはたぬきが出るからダメだべ」と栽培に消極的な生産者には、トウモロコシに限り鳥獣害対策用の電気柵設置の補助をするなど、さまざまな農業資材を扱うJAならではの手厚い対応でサポートしている。
生産者の資源・リスクなどを管理し、所得向上に向け効果の最適化を図るしゅしゅまるの取り組みは、まさに、出荷者をマネジメントしていると言えるのではないだろうか。
地域に求められる直売所であり続けたい
この5月、新型コロナは「5類」に移行された。目まぐるしく変化し続ける現代において、直売事業はこれからどう進化していけば良いのだろうか? 藤田さんに率直な意見を聞いてみた。
「私たちは、直売のノウハウも分からない中でのスタートでしたので、他の大きな直売所を見に行っても『やっぱりすげえな』、『こんな規模にはなれないよ…』と凹んで帰ってくることがほとんどでした。でも今は、この地域の身の丈に合った直売所のイメージを作っていくことで、コロナ禍が明けても地域に求められる直売所であり続けたい。時代に合わせて変えていかなきゃいけないこともあるけれど、変わらない方が直売所らしくて良いのではと思っています」
地域あっての直売所だからこそ、その形は地域の数だけあって良いのかもしれない。そして最後に、「私は今年、農協に入って20年なんですが、直売所の仕事って農家さんに最も寄り添えてお客さんとも話ができるすごい仕事だと思っているんです。だから、今一番農協らしい仕事をしているなと自負しています!」と屈託のない笑顔で話してくれた藤田さん。その表情から、地域や生産者に対する愛情と、仕事へのやりがいが滲み出ていた。
※この記事は「産直コペルvol.60(2023年7月号)」に掲載されたものです。