農と食

【土を育てる】畑を変える「土」を探究する ―土づくり勉強会に同行して

「土を育てる」をキーワードに、国内外の先進農家のもとを訪ね、彼らのこだわりを余すことなく紹介してきた本連載。そのアテンド役であるNPO法人「土と人の健康つくり隊」(長野県宮田村、伊藤勝彦代表)が主催する「土づくり勉強会」(別名「うんこツアー」:鶏糞や牛糞など堆肥づくりの現場を巡ることから命名された)は、昨年末で参加者数が累計2500人を突破し、全国から篤農家が集う学びの場となっている。今年は長野県の飯山市から上田市までのおよそ80キロ、本連載にも登場する土づくりの重要スポットを一挙に巡る行程だ。新型コロナウイルスの影響でやむなく日帰りに縮小したが、土づくりに全身全霊で向き合う伊藤さんの熱弁はますます白熱。すでに開かれた3月26日、4月16日の回には、それぞれ20人、41人が参加した。今回は特別編として、産直新聞社からツアーに同行した筆者がその様子をリポートする。(文・熊谷拓也)

自然のサイクルに学ぶ土づくり

「ほら、あの野山を見てください」。午前9時半、上信越自動車道・豊田飯山インターチェンジ(長野県飯山市)を出てすぐの駐車場。伊藤さんは、信州の美しい山並みを指さしながら、集合場所に集まった参加者に語り掛けた。「野山は何百年、何千年も前からまったくの無農薬・無化学肥料で栄え続けている。なのに、連作障害なんて起きません。私たちは自然に学ぶ必要があるんです」

案内役を務める伊藤さんは、冒頭からアクセル全開だ。確かに伊藤さんの言う通り、自然の中で育つ樹木の葉は、茂っては枯れ、土に還るサイクルを延々と繰り返している。それで地力が衰えることもない。有機物の分解は「発酵」か「腐敗」の2パターンに分かれるが、山では多くの場合、人・植物・土にとって有用な「発酵」の過程をたどるという。そこには、目に見えない微生物の働きが関わっているそうだ。そのプロセスを人の力で再現することが、伊藤さん率いる「土と人の健康つくり隊」が目指す土づくりの形だ。
「さあさあ、時間がないので、出発しましょう」。伊藤さんは、熱のこもったスピーチをいったん切り上げ、参加者に移動を促した。一行は車に乗り込み、最初の目的地に向かった。

尿と便を浄化する、驚くべき酵素の力

瑞穂浄化センター(長野県飯山市)最初の目的地の「瑞穂浄化センター」=長野県飯山市

一般道を車で走ること20分。カーナビにも載っていないローカルな施設に到着した。ここ「瑞穂浄化センター」は、飯山市瑞穂地区の排水処理場だ。周辺の1500世帯の家庭から排出される汚水が集まってきている。
参加者は到着するなり、促されるまま、タンクの水で手をゆすいだ。順番を待つ人の行列に向かって、伊藤さんが言う。「この水は、うんこ、おしっこだからね」。そう聞かされた時、私はすでに手を洗ってしまっていた。とっさに、匂いをかいでみるが、まったく臭わない。見た目も透き通っていて、普通の水と変わらないように見える。

本当に驚いたのはこの後だった。「10分も経つと、お肌がツルツルになりますよ。ほら、こうやってみて」。伊藤さんの指示通り、両手を擦り合わせてみた。すると、まだ10分も経っていないのに、明らかに肌がスベスベになっている。他の参加者も、一様に驚きの表情を浮かべていた。伊藤さんは、参加者の心の声を見透かしたように続けた。「どうしてかって思うでしょう。ここの処理水には酵素が入っているんですよ。酵素が毛穴のタンパク質を分解してくれるから、お肌がスベスベになるんです」と。

酵素の力で浄化された水で手を洗う参加者酵素の力で浄化された水で手を洗う参加者。左が案内役の伊藤さん
手を擦り合わせて、肌の変化を確かめる参加者手を擦り合わせて、肌の変化を確かめる参加者

連作障害知らずの「土壌丸ごと発酵」へ

畑で森の土を再現する上で、酵素は大切な要素となる。有機物が発酵に向かうのか、はたまた、腐敗に向かうのか、その分岐点で作用するのがこの酵素だ。酵素は土着の有用微生物を活性化し、圃場の土壌そのものを丸ごと発酵する方向へと導いてくれる。
その実例が示されたのが、2番目の目的地「オーエムシー」の堆肥舎だった。そこには、発色の良い茶色をした土の山がいくつもある。高さは、大人の背丈を優に超すほど。これが連作障害を克服する鍵となるキノコ堆肥である。

「オーエムシー」が製造するきのこ堆肥の山=長野県飯山市「オーエムシー」が製造するきのこ堆肥の山=長野県飯山市

キノコ栽培・卸の同社では、自然由来のバイオ酵素を使って、キノコ栽培で出る廃オガを堆肥化している。実はここに至るまでの経過には、先に訪れた瑞穂浄化センターが間接的に関わっていた。というのも、同センターができる以前、飯山市の別の排水処理施設で悪臭問題があった。ある研究者が、その対処策として打ち出したのが、バイオ酵素を用いて「浄化槽を浄化する」方法だった。
 
オーエムシーの大日方豊さんは、この酵素に興味を持った。実験的に、家庭菜園に処理水(ツアー冒頭に登場した「あの水」のことだ)をまいたところ、野菜の出来に目に見える変化が生じた。そこで、今度はシメジの菌床を作る際、オガ屑にバイオ酵素を混ぜ合わせてみたところ、見事に収量アップを達成。しかも、収穫後に出る廃オガが臭わなかった。その廃オガを圃場に入れると、分解のスピードが速くなることも判明した。

堆肥化したオガ屑に手で触れる参加者堆肥化したオガ屑に手で触れる参加者
鉄パイプを指差す伊藤さん腐敗ガスが出ていないため、ハウスの鉄パイプはさびない

この大日方さんの実体験が、今は国内外の農家3500軒に利用が広がる「バイオ酵素」の誕生につながっていく。当時、長野県の人気スーパー「ツルヤ」のバイヤーだった伊藤さんは、「浄化槽の浄化」から「廃オガの分解」までの全過程を大日方さんと共に推し進め、バイオ酵素が日本の農業を変えることを確信したという。
話をツアーに戻そう。伊藤さんの語り口に、参加者は熱心に耳を傾けた。スコップですくい上げた堆肥に触れてみると、しっかりとしたぬくもりが感じられる。温度は38℃ほど。さらに掘り進めると、60〜65℃にもなるという。伊藤さんの説明によれば、「バイオ酵素の働きにより、さまざま有用菌のリレーが一気に起きている」という。それにより、有機物が小さく小さく分解されていくのだとか。指に残る温かい感触から、微生物が生きる目に見えない世界への想像が膨らんだ。

畑の健康と人の健康を考える

「まるこ福祉会」が製造する伊藤さんお墨付きの堆肥。温度計は52℃を指す「まるこ福祉会」が製造する伊藤さんお墨付きの堆肥。温度計は52℃を指す

最後の見学先へは高速道路で向かった。中央道を約1時間、南に下って、東御市へ入る。ほどなくして、上田市の社会福祉法人「まるこ福祉会」が管理するハウスにたどり着いた。同会がサポートする障害者たちは、伊藤さんの指導のもと、10年ほど前から有機農業に取り組んでいる。堆肥のタネになるぼかし肥料も作っていて、年間5万袋も売れているということだ。やはりここでも、地場の微生物を最大限利用するために、バイオ酵素を使っている。

予定していた行程をすべて巡り終え、まるこ福祉会が運営するコミュニティースペースで昼食を取った。最後に1日のツアーを総括する伊藤さんの講演があった。ツアーに幾度となく参加しているリピーターがいるが、その理由は、学べば学ぶほどに発見がある土づくりの奥深さだけではない。伊藤さんのエネルギッシュな語りが、ツアーの欠かせない要素になっているのは間違いない。

伊藤さんは言う。「畑の健康を考えることは、人の健康を考えることだ」と。良い畑をつくるために必要なのは、良い完熟堆肥が99%で、それ以外の資材は残りの1%で十分だという。この考え方は人間の体にも同様に当てはまり、健康的な体をつくるには日頃の食事が99%を占め、残りの1%をサプリメントで補いましょう、と言い換えられる。伊藤さん自身も意識的に、生野菜・生果実・生刺身などを口にして、酵素を積極的に体に取り入れるようにしているそうだ。
最後に、バイオ酵素の製造販売元の「フォーレスト」(伊那市)の赤羽正二朗さんが登壇し、バイオ酵素の効能について補足解説した。土の中には地場菌がいて、人や動物のお腹には常在菌がいる。となれば、酵素の力で有用菌を活性化し、悪玉菌を抑制すれば、畑も人も健康になるというわけだ。

うんこに始まり うんこに終わる

酵素を飲ませている牛の糞の匂いを確かめる参加者酵素を飲ませている牛の糞の匂いを確かめる参加者

赤羽さんは、「百聞は一見に如かず」と言わんばかりに、酵素を飲ませている牛の糞を持ってきていた。参加者は順番に、自席で匂いを嗅ぐ。相当時間が経っているようで、見た目はパサパサに乾いていた。だが、「うんこ」は「うんこ」に違いない。覚悟を決めて、牛糞の入った袋の口を鼻に近づけたが、これがまったく臭わない。本当に、まったく、だ。酵素と有用菌の織りなす力に、正直あぜんとしてしまった。
別名「うんこツアー」というだけあって、この日の会は、うんこに始まりうんこに終わった。土づくり、健康づくり、伊藤さん…どれか一つにでも興味・関心を持たれた方は、ぜひ次回7月16日のツアーに参加してほしい。問い合わせは、フォーレスト(☎0265・73・2188)の担当・赤羽さんへ。

お花畑と蜜蜂を育て広げよう!―NPO・土と人の健康つくり隊からのお知らせ―

「半世紀ぶりに見た」との声も出た可愛いレンゲの花「半世紀ぶりに見た」との声も出た可愛いレンゲの花

昨秋種を撒いたレンゲの状況視察を兼ねた勉強会が4月30日、長野南部、下伊那郡豊丘村で開催されました。NPO法人「土と人の健康つくり隊」の伊藤勝彦代表が呼びかけて令和2年度に結成された「お花畑と蜜蜂を育て広げる会」が主催したもので、約半世紀ぶりにレンゲの花が咲いた豊丘村の耕起前の水田に、約20人の農家や関係者が集まりました。花や土中の根粒菌の状況を確かめた後、近くの会場に場所を移して、会の設置目的や活動方針などを議論しました。

この会は、名前の通り、里山の水田や畑にレンゲや白クローバ―の花を拡げ、蜜蜂の活動を助け育てることを目指して設立されました。
昨今、日本列島は蜜蜂の減少傾向が著しく、果樹をはじめ様々な植物の成長に大きな影響が出始めています。その要因としてネオ・ニコチノイド系の化学農薬の影響が指摘されています。この農薬は、生態系を破壊するものとして、フランスをはじめ全世界が使用禁止の方向に動いていますが、日本では規制なし。むしろ逆に、適用の拡大から残留基準の緩和の方向に向かっているという状況です。

このような状況を克服するために、稲作や畑作で、できる限り化学農薬・化学肥料の使用を控え、古くより根粒菌などの力で土壌を豊かにしてきたレンゲや白クローバーを栽培して、蜜蜂の生育に貢献することを目指しています。長野県内では令和2年度から多くの米農家・リンゴ農家・ブドウ農家などが参加し、日に日にその輪を広げています。
この取り組みに関心をお持ちの方は、ぜひ、伊藤勝彦代表(携帯090・4835・7001)までご一報ください。

※この記事は「産直コペルvol.48(2021年7月号)」に掲載されたものです。

ABOUT ME
産直コペル 編集部
この記事は、産直新聞社の企画・編集となります。