東京の片隅、人口2200人ほどの小さな村で、「脱プラスチック」に向けた動きが始まっている。東京本土に唯一残る村「檜原村」。都心から車で約1時間半という距離ながらも、面積の93%を山林が占める自然豊かな地域だ。農地のほとんどが急傾斜地にあるこの村では、水田が作れず、古くから麦が盛んに作られていた。しかし、外国産麦の輸入や、少子高齢化による農業の担い手不足などの影響から、今ではほとんど作られていない。村の遊休農地を活用した麦わらストローづくりで「脱プラスチック」を目指す檜原村新農業組合のみなさんを取材した。(文・上島枝三子)
檜原村新農業組合の麦わらストロー
「『わら一本の革命』をやりたいんですよ」。そう話すのは、檜原村新農業組合の代表 清田直博さん(42)。清田さんは、檜原村産業環境課で観光などの情報発信をする傍ら、檜原村地域おこし協力隊の松岡賢二さん(31)、元地域おこし協力隊の細貝和寛さん(25)(取材の日、細貝さんは残念ながら不在でした)らとともに、ここ檜原村で麦を育て、ストローに加工し販売している。
「プラスチックストローは石油を加工してできますが、麦ストローは畑で勝手に育ちます。電気も燃料も必要ない。ポイ捨てしても分解されて土に還ります」
ストローに加工する麦は、清田さんら3人が管理する畑3ヶ所で栽培し、無農薬栽培にこだわる。栽培面積は、およそ1反(10アール)。今期は、そのうちの0.8反にライ麦、大麦、麦を撒いた。「ライ麦は茎が太くて長いので、ストローをつくるには一番向いていますね」
1本のライ麦からつくられるストローの数は、4〜5本。今期分の製造販売目標は、ストロー3〜5万本。1本30円の販売価格で100万円の売り上げを目指す。ストローの値段としては少々お高めな気もするが、すでに注文や問い合わせが入っており、注目度の高さが伺える。今年2月には、東京都主催の「プラスチックストローに代わるアイデア募集」(応募総数921件)の中から、優秀賞の一つに選ばれた。
「まだ試行錯誤の段階。まずは、知り合いや身近なところからすこしずつ広めていきたい」とあえて大きく宣伝はせず、現在は、地元の農産物直売所と、都心では渋谷のコワーキングスペース「ラフアウト」などから販売をスタートしている。
遊休農地を再生し、麦文化の継承を
農地のほとんどが傾斜地、石が多く水はけがよすぎる為、水田が作れなかった檜原村では、米に代わる主食として、麦類が古くから育てられていた。今はジャガイモが特産品になっているが、昔は麦類が村で一番栽培されていた作物だったそうだ。「見ての通り、村の農地は傾斜があって区画が細かく機械化が進まない、事業化ができない。檜原村で業として農業やっている人はほぼいなくて、せいぜい片手で数えるくらいだと思います」と松岡さんは言う。
今は消えてしまった村の麦文化や景観を継承しようと、3人が麦づくりを始めたのは、おととしの秋。檜原村の観光協会の事業で農業体験を企画したのがきっかけだった。「麦は、遊休地に最初に植える作物としてもいいよねって。最初やったときも村のおじいさんに指導してもらったんだよね」。最初に収穫できた小麦は製粉し、特産のジャガイモと混ぜて「ニョッキ」を作り食事会を開いたそうだ。
ちょうどその頃、世間では「海洋プラスチックゴミ問題」が大きく取り沙汰され、大手飲食チェーン店がプラスチックストローの廃止を次々と宣言した。「SNSでウミガメの鼻にストローが刺さってる動画を見て、自分たちにできることはないかと考えた」と清田さん。すぐに、自分たちの育てた麦で、「土に還るストロー」を作ることを決め、昨年の秋には、面積を拡大してライ麦を撒いた。
麦の栽培には、都市の人々にも参加してもらえるよう農業体験とワークショップを組み合わせた「エコツアー」を企画し、村に人を呼び込むと同時に、環境への関心を高めてもらえるようなプロジェクトにした。麦わらストローづくりに実際に携わってもらうことで、消費者としての意識にも働きかける。
「麦でメロン並の売り上げ」!?
麦の標準的な栽培茎数は、1平米あたり900〜1000本と言われており、それを1反に照らし合わせると、90〜100万本の収穫が見込めるという。加工の歩留まりから考えて、1反につき、約30〜40万本のストローがつくれると清田さんらは試算している。
「今後栽培がうまくいけば、栽培面積1反につき、900〜1200万円売り上げることも可能です。麦でメロン並みの売上を上げる!というのが最終的な目標になります。もちろん、この中には加工賃や販売経費も入っておりますが……」(清田さん)
今後はさらに面積を拡大し、農家さんの収入が上がるような事業としても確立したいとしている。
農作物ならではの難しさ
天候や気候で収穫量や時期まで左右される農作物。今年は梅雨が長かったことや8月に雨が多かったことで、麦わらの乾燥に苦労したそうだ。「冬撒きの場合どうしても、収穫が梅雨前になっちゃってタイミングが難しい。梅雨時に乾燥させないといけないので、そこがすごい難しい。春撒きもやってみたけど、雑草に負けちゃったから……」と、試行錯誤が続いている。
ほかにも、3ヶ所ある畑のうち1ヶ所で鹿の食害が見られたり、夏の間の麦わらの保管など「品質管理」についても今後の課題としている。
メイドイン東京 地産地消で地域に還元
「意識しているのは、地産地消。せっかく環境のために、麦わらでストローを作っても、ガソリンを使って遠くに運ぶっていうのは、本末転倒な感じがするから、なるべく地元で作って地元で使うっていうのがいいだろうなって」。そうした理由から、檜原村でつくるストローをここから遠く離れた場所まで届けようとは考えていない。そのかわり、「こうしたスモールビジネスが各地で立ち上がれば良い。そしてゆくゆくは、それをネットワーク化したい」と清田さんは言う。「まずは、村で栽培する人が増えてくれれば嬉しい。みんなで作ってみんなで出荷できれば」。それに続いて松岡さんも「将来的には、檜原村のおじいちゃんおばあちゃんに集まってもらって、加工の作業をしてもらえたらいいかなって」。ストローを作る現場が地域のコミュニケーションの場になれば……そんなビジョンを描き、目を輝かせる。
「収穫した麦の実は、パンなどに加工して美味しく食べられたら」と清田さん。茎はストローに、実は食用として無駄なく活用し、なおかつ、環境にも優しい。「わら一本」から、何かを変えようと取り組む姿に勇気をもらった。彼らの挑戦はまだ始まったばかり。今後の展開に注目したい。
※この記事は「産直コペルvol.38(2019年11月号)」に掲載されたものです。