農商工連携の新しい形を探る「東信州次世代農商工連携セミナー」。その第4回目が令和4年11月8日、上田市の信州大学構内の産業支援施設ARECで開催されました。
今回は農業と福祉の連携に着目し、「農福連携の新しい歩み ― 制度と実践事例を学ぶ」というテーマでお話を伺いました。まずは長野県健康福祉部障がい者支援課、共生社会推進係の宮嶋風太さんから、農福連携の制度についてご説明いただきました。 (農福連携の実践事例については長野県セルプセンター協議会の沖村さやかさんに伺いました。こちらも別途載録記事を掲載いたします)(文・浅川敬吾)
農・福の現状
農福連携とは、農業分野と福祉分野が一体となって行っていく取り組みのことで、農林水産省のホームページでは「農福連携とは、障がい者が農業分野で活躍することを通じ、自信や生きがいを持って社会参画を実現していく取組」と説明されており、現在、農福連携は、農業と福祉双方の課題解決の糸口として注目されている取り組みです。
農福連携が注目される社会的背景として、まず農業側からお話しますと、ご存じの通り、高齢化と合わせて農業に携わる人口の減少が現在問題となっています。その中でも基幹的農業従事者数は、農水省の「農林業センサス」によると、日本全国で見た場合、平成27年の1,756,768人から令和2年では1,363,038人にまで落ち込み、減少の一途を辿っています。また、高齢化や農業人口の減少に伴って、耕作放棄地が増加してしまっています。
次に福祉側の現状ですが、現在日本では障がい者数が増加しており、厚生労働省の「患者調査」によると、全国の障がい者数は平成11年の170万人から平成26年では361万人に増加しているとのことです。特に精神障がい者数の増加が顕著で、まるで今の日本のストレス社会を反映しているかのような増加率を示しています。
連携による双方課題解決
こういった、農・福が課題としている背景事情を鑑みるに、両者を引き合わせ、農業を障がい者への支援策とすることで双方の課題が解決していくのではないかと考えられているため、今、農福連携に期待が寄せられているのです。
連携によって得られるメリットとして、農業側は人手不足の解消に繋がるという点が最大のメリットになりますが、それに加えて、除草や収穫などを通年だけでなく繁忙期にピンポイントで委託することができるという点も大きなメリットです。 福祉側からすると、農作業を通じて自然の中に身を置くことで、心身ともにプラスの効果を得られることがメリットです。また、農家の方をはじめとし、様々な方と関わる機会を持つことで、社会コミュニティーへの参加機会を得られることも利点として挙げられます。
農福連携のアプローチ方法
福祉側は農福連携に対し2つのアプローチ法があります。1つは「施設内就労」と言い、福祉事業所自身が農地を借りる、または購入し、種蒔きから収穫、販売まで事業所自らが行うケースです。もう1つが「施設外就労」と言い、一般の農家の方と契約を結び、作業を受託するケースです。
農業側からのアプローチ法としては、例えば農業体験イベントが挙げられます。これは農家自身が開催する場合もあれば、自治体が開催する場合もあり、農業と福祉が繋がりを持てる場となります。また、自治体やハローワークに相談することも有効で、特に長野県の場合は今日講師としてこの後ご登壇される沖村さんのセルプセンター協議会に問い合わせていただければ、コーディネーターの方が作業可能な事業を探し、紹介してもらうことが可能です。
長野県健康福祉部の課題と目標
現状、長野県内には約152,000人の障がい者の方がいます。その中で、障がい福祉サービスを利用されている方は約22,000人になります。この状況の中で、県の健康福祉部では、主に就労系と居場所系の2か所が農福連携に取り組んでおり、就労系では雇用契約が有る就労継続支援A型事業と雇用契約の無いB型事業所に分かれます。サービス利用者数としてはA型が約880人に対してB型が約5800人となっています。
多くの障がい者の方がB型(非雇用型)の事業所で就労していますが、現在、彼らの給料である工賃の向上が大きな課題となっています。月額平均工賃が10,548円だった平成18年からすれば、令和3年では16,153円と、約1.5倍となり徐々に向上してはいますが、これでもまだ障害年金(約65,000円)と合わせても、10万円に届いていません。 長野県では「長野県障がい者プラン2018」という5箇年計画と、「長野県障がい者工賃向上計画2021」という3箇年計画がありますが、両計画において2023年度の月額平均工賃が21,000円となることを目標としています。かなり難しい目標ではありますが、農福連携をはじめとし、様々な取り組みを試み、目標金額まで工賃が向上していくよう励んでいきたいと考えています。
具体的な取り組み「農業就労チャレンジ事業」
県では福祉就労強化事業の一部として、セルプセンター協議会に業務委託をする形で、障がい者と農業者のマッチングを行っています。この取り組みは「農業就労チャレンジ事業」と言い、コーディネーターを専任で2名配置し、施設外就労の受け入れ先となる農家の開拓と紹介(マッチング)を行ってもらい、令和3年度では90件のマッチングが実現しました。また、農業就労チャレンジサポーターという指導員の派遣も行っており、作業現場での障がい者に対する支援や作業の進捗管理をするだけでなく、事業所に対して農産物生産の技術的な助言も行ってもらいます。令和3年度では、サポーターの登録数は80名、派遣件数は38件となっています。
もう一つ、具体的な取り組み事例として挙げたいのが、「農福連携マルシェ」です。これは農産物の販売を通じて、農福連携事業の周知を図ると同時に、障がい者に対する理解を深めてもらうことを目的とした販売会です。令和3年度では軽井沢と長野市で2回開催し、合計で18の事業所にご参加いただきました。
こういった、農業に携わっている事業所や、農業就労チャレンジ事業へ参加している事業所では、月額平均工賃が他の事業所よりも工賃が高いため、農福連携おける一定の成果が上がっていると感じています。
多様化する福祉分野と、農福連携のこれから
年々福祉事業所の参加数は増加してきていますが、それでも農家側からの需要にまだ対応できないケースもあるため、健康福祉部としては、さらに農福連携に携わる福祉事業所の数を増やしていく必要があると考えています。
また、最近では福祉分野の多様化への対応も課題となっています。当初は障がい者福祉と農業の連携ということでスタートしましたが、現在では、障がい者以外に、引きこもりや、高齢者、生活困窮者、さらには元受刑者といった様々な福祉分野に領域が拡大しています。現状では、障がい者と農家の連携にしか補助金が下りない制度となっているため、今後はこういった多様な福祉分野も補助対象としていく必要があります。
障がい者の就労継続支援事業所は、以前は社会福祉法人が主でしたが、近年では特定非営利活動法人(NPO法人)や株式会社、合同会社など、様々な法人形態が設置主体となる事業所が徐々に増えきており、今後、農福連携に対する民間企業の参入増加がますます見込まれます。
こういった農福連携の輪の広がりの中で、地域の連携をより強固にし、地域における障がい者理解を促進していくことで、共生社会の実現に繋がっていくことと考えています。
記者あとがき
あまり繋がりがないようにも思える農業と福祉。しかし、両者を引き合わせることで、双方の課題を解決できる可能性を持つ農福連携。「農業は自然の中に身を置く作業であり、心身ともにプラスの効果を得られる」と聞いた時、普段当たり前に浴びている日光や、土や自然が心身にもたらしてくれる恩恵の大きさに改めて目を開かされました。 宮嶋さんの話の中で「増加する精神障がい者数は、まるでストレス社会を反映しているかのよう」との言葉がありましたが、そういった中でも、自然の中で農業を通じて福祉を実施し、障がい者の方との共生社会が実現されることを望みます。